憧れの田舎暮らしを夢見て、築百年の古民家を借りた私が最初に直面した壁は、汲み取り式トイレ、いわゆるボットン便所でした。内見の時にはその風情ある佇まいに目を奪われていましたが、実際に住み始めてみると、都市部の生活では想像もしなかった独特の作法や悩みがあることに気づかされました。まず驚いたのは、便器の底に見える深い穴とその底に溜まるものの存在感です。水洗トイレのようにボタン一つですべてが消え去る世界とは違い、自分の排泄物がそこに留まり、物理的に蓄積されていくという事実は、自分の生命活動を直接突きつけられるような不思議な感覚を伴いました。夏場になると、その感覚はさらに強烈なものへと変わります。気温の上昇とともに立ち上る独特の臭気は、どれだけ芳香剤を置いても完全には消えません。さらには、どこからともなく現れる小さな虫たちとの戦いも始まりました。しかし、こうした不便さと向き合う中で、私はある種の愛着や、環境に対する新たな視点を持つようになりました。地元の高齢者に教わった通り、定期的に強力な消臭剤や微生物を配合した資材を投入し、換気扇の掃除を徹底することで、少しずつ臭気をコントロールできるようになったのです。また、数ヶ月に一度やってくるバキュームカーの作業は、私の生活が地域の衛生インフラに支えられていることを実感させてくれる大切な瞬間となりました。作業員の方と挨拶を交わし、料金を支払うという行為を通じて、自分の出した汚れを誰かが処理してくれているという感謝の念が自然と湧いてきました。現在、多くの古民家では合併浄化槽を設置して水洗化するリフォームが一般的ですが、あえて汲み取り式のまま使い続けることは、水の貴重さや廃棄物の循環を考える良い機会にもなっています。冬場の底冷えするトイレで、吐く息を白くしながら用を足す時間は、便利さの中に埋もれていた人間本来の野性的な感覚を呼び覚ましてくれます。汲み取り式トイレとの生活は、決して快適さだけではありませんが、それは私にとって、現代社会が忘れかけている生の実感を取り戻すための、大切な通過儀礼のようなものでした。
古民家暮らしで出会った汲み取り式トイレの洗礼